森のこと
土のなかに目をむける
森について知ると、「菌類のすごさ」を感じることがあります。ふだんの生活では、「雑菌」と呼ばれたりして、殺菌や消毒の対象となることも多い生きものたち。ですが、本当はものすごい力を秘めています。
一般によく知られているように、植物は二酸化炭素と水を吸収して、酸素と糖を作りだしています(「光合成」)。もちろん、木も同じです。光合成をおこなうことで、酸素とエネルギーを作りだしています。ですが健やかな森の木の場合、これだけではありません。この光合成が菌類との関係を成立する大切な「取引」の一部になっているんです。
樹木は、特定の菌類と「相利共生」関係をむすんでいます。それぞれが自分だけではできないことを、一緒に生きることで互いに補い合う「取引」です。木は、自分がつくった糖を菌にあげて、菌は木が吸収できない養分(リンとか窒素とか)をあげることで、お互いに欲しいものを物々交換しているんです。自分では入手できないものを、お互いに提供し合っているわけです。
実は、この樹木と菌類の取引についての話は、従来の研究結果からすでに判明していました。ですが、最近の研究だと、もっと壮大なスケールで菌類のすごさが明らかになっています。「菌糸ネットワークが木の赤ちゃんのお守りをしている」という事実です。
たとえば、とある木のタネが、その木から離れたところで芽をだしたとします。するとこのことが、土のなかの無数に張りめぐらされた菌糸ネットワークの間で交わされます。「木が芽を出した。あつまれ」というメッセージが伝わり、それに反応した菌たちが発芽した稚樹のところへ集合すると、親木と稚樹とをむすびつけて栄養を運びはじめます。
人間の赤ちゃんと同じように、芽をだしたばかりの稚樹は、自分の力で生きていくことができません。常にだれかからのサポートが必要な存在です。なので、親木は稚樹に栄養を送りたいのですが、樹木はいったんその場所に根をおろしてしまうと、一生そこから動くことはできません。そこで親木の代わりに、菌糸ネットワークが稚樹に栄養を運んでくれているわけです。
すごいですよね。目に見えない小さな生き物たちが、他人である樹木の子育てやお守りを請け負っていたという事実。はじめて知ったとき、本当にびっくりしました。
白くなっているのが菌糸。
キノコみたいな匂いがします
湿った落ち葉によくいるので
ぜひ探してみてください
菌糸のネットワークの働きは、これだけではありません。親木と稚樹だけではなく植物同士のコミュニケーションを伝達したり、土壌の粒子と粒子をくっつけて「団粒状構造」という崩れにくい土をつくったり。あとは、老木や枯死木、動物の遺骸など大地へ還るべき生命を還したりもしています。
「森林」というとどうしても、目に見える部分、地上のイメージになりがちです。今の森林業界でも、「森を手入れする」といえば、「間伐」や「植林」など、地上での話がメインであることが多いように思います。
ですが、地下の世界は地上と同じくらい、もしくはそれ以上に大切な場所です。なぜなら、地下の状態が、地上にそのまま表れるからです。菌類をはじめとして細菌、ウイルス、虫などの土壌動物が主体となって、落ち葉などの有機物や水、空気が土のなかでよく循環していると、それがそのまま地上の健全性に反映されます。
こうした「地下に目をむけること」は、あまり一般的ではありません。ですが、目に見える分かりやすいところだけではない、根本的なところに原因があるから、地上で何かが生じているということが多々あります。変化の激しい現代だからこそ、地味で一見すると分かりにくいところを、もっと大切にしていきたいなと改めて感じています。
森と人の未来ために
いまできること。
参考文献:『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』スザンヌ・シマ―ド 2023ダイヤモンド社)