REPORT
檜原村の木材コーディネート事業を視察!
PROJECT:流域連携
視察日:2025/10/02~10/3
訪問先:東京チェンソーズ、檜原 森のおもちゃ美術館
1. 視察の背景と目的
森林には、様々な役割があります。木材を生産する場所、動植物の住処となる場所、雨水を土の中にため込んでゆっくりと排水する場所、人々がレクリエーションをしたり山菜を取ったりできる場所。こうした森林の色々な役割は「森林の多面的機能」と呼ばれ、各機能に沿った手入れの仕方が大切だとされています。森が持つ多様な役割を価値につなげながら、その経済循環を流域単位で生み出すためのヒントを得ることを目指して、東京都西多摩郡で複合的な価値を創出する林業を実践する「東京チェンソーズ」さんにお話を伺いました。特にトリカンとしては、下流側のプレーヤーとして根羽村の林業とどのように連携し、役割を担っていくかという点について、模索する機会とできればと思いました。今回の視察もトリカンスタッフに加えて、根羽村森林組合・根羽村役場のみなさん、一般社団法人ねばのもりから杉山さん、そしてnebane伴走アドバイザーである株式会社やまとわ奥田さんとご一緒させていただきました。
2. 視察先概要

檜原村と東京チェンソーズ
今回の視察先である東京都西多摩郡檜原村は、都心から車で1時間半ほどの場所にありながら村の面積の93%を森林が占め、約1,800人の人々が生活する豊かな自然に囲まれた山村です。秋になると紅葉が非常に美しく、公共交通機関の整備も整っていることから多くの観光客でにぎわうスポットとなっています。
視察先である東京チェンソーズはそんな檜原村に本社を置く林業会社です。従来の林業のように通常の木材生産を行うだけではなく、動植物の住処としての森林やイベント空間としての森林など、森の複合的な価値を経済循環へとつなげていく林業を実践されています。今回は東京チェンソーズの代表を務められる青木さんと、檜原の木材と顧客をつなげる木材コーディネーターの戸田さんにご案内いただきました。
3. 視察内容の詳細
3-1. 社有林(ヒノキ林)

檜原村の森林は戦前は広葉樹林だったそうで、伐採された木材が薪や炭として当時の中心地であった五日市へ運ばれるなど、木材生産が盛んでした。その後、戦中の軍事用材を伐採したことで山がはげ山化してしまったため、崩落予防や木材需要に対応して植林が進められました。現在はそのとき植えられたスギやヒノキが伐採の適齢期に入っています。同社は、持続可能な森林管理の証であるFSC認証制度に基づいた管理を徹底していました。
実際に社有林のヒノキ林のなかを歩いているとびっくりしたのが、「ササがあまり生えていない」ということ。人工林は普通「下層植生」という地面に近い部分での植生がササとなりがちで、新しい木の種が発芽しにくく、多様性の乏しい森林が成立してしまう要因にもなります。ですが東京チェンソーズの社有林ではササがほとんど生えておらず、常緑樹や落葉樹問わず、さまざまな樹種が混在していることが見て取れました。小規模皆伐や主伐を行わず、FSC認証制度に基づいて森林の生態系循環を大切にした施業が行われていました。
3-2. 社有林(スギ林)

スギ林の現場視察では、青木さんからのとある質問からスタートしました。「こちらが社有林のスギ林ですが、ここで質問です。スギはどうしてスギと呼ぶのか、分かりますか?」
スギはどうしてスギと呼ばれているのか。名前の由来の話に始まり、どうして日本の森にはスギがたくさん植えられているのか、スギがどんなふうに生えると「山にとって良い森」と言えるのかなどなど、スギにまつわる興味深い話をお聞きすることができました。
スギはネガティブなイメージがある方も多い樹種ですが、実は日本という国ととても相性の良く、古くから使われてきた木。企業研修の受け入れなどの際にはこうした木の説明を通じて森を身近に感じてもらうことを大切にしているとのことでした。また、一般向けには会員制の森づくりコミュニティをいくつか運営したり、イベントの開催拠点としても利用したりすることで、消費者と山林との接点を作り出していました。
ちなみにスギの名前の由来は、「まっすぐ生えるから」。「直ぐ木」という言い方が転じて「スギ」と呼ばれるようになったと言われています。写真のように広葉樹は太陽光の向きや傾斜などによって曲がったりすることも多く、建築材として利用するにはハードルが高い特徴があります。どんな場所でもまっすぐ垂直に成長するスギ。材としていかに使いやすいのか実感しました。
3-3. 枝葉の活用(蒸留所)

東京チェンソーズの事業の一つ、「木一本まるごと活用」の具体例として、蒸留所を視察しました。木材として利用されたスギやヒノキは、木材として伐り出した後の残り(枝や葉っぱ、根っこなど)はすべて山中に捨ててしまいます。ですがここでは一本の木に丸ごと価値づけをするため、伐採した樹木から材を収穫したあと、枝葉や根っこまですべてを余すことなく活用することを大切にしていました。

実はこの取り組みがスタートした背景には、とある「制限」があったのだそうです。その制限とは、FSC認証です。
東京チェンソーズでは、森林経営が持続可能な形で行われていることを認めるための国際的な認証制度であるFSC制度を、社有林を対象に取得しました。この認証制度では、一度に伐採できる面積に制限があったことから、小規模単位での皆伐ができない仕組みとなっていたそうです。そのため、伐採した木一本一本の価値をそれぞれ最大化する必要があると考え、こうした「まるごとで活用する」という構想が生まれたと話されていました。
山の水を用いた蒸留所ではスギよりも約3倍生産性が高いヒノキを活用し、精油として販売。伐採した樹木を大切に活用する取り組みだと感じました。蒸留後の残渣(残りかす)からは、トマトのような、もしくはふかし芋のような独特の良い香りがあり、その場の空気を満たしていました。

3-4. 地域連携と観光資源化(檜原おもちゃ美術館)



東京チェンソーズが木工品づくりで連携している檜原おもちゃ美術館に伺いました。この施設は、地域材を観光資源として活用し、多くの人へ認知してもらうことを目的とした「檜原トイビレッジ」構想の一環として構想されました。館内には、檜原村の特産品(ゆずやじゃがいもなど)を模したおもちゃや、ログハウスなど、村の木材がふんだんに使用されています。


現在、檜原村には年間で約25万人の観光客が訪れており、そのうち5万人がこのおもちゃ美術館に来館しています。館内には地域内外の高齢スタッフで構成される「おもちゃ学芸員」常駐しており、訪れた親子向けにおもちゃの遊び方などをガイドし、サポートしています。幅広い年齢層の人々が交流できる場所にもなっていました。
3-5. 顧客との継続的なつながり(材木置き場)

特筆すべきは、顧客へ向けた丁寧な情報発信です。木材コーディネーターのポジションを担われていた戸田さんは、丁寧な情報発信を実践されていました。今どのような木が材木置き場にストックされているのか、どんな木からどのような材料が生まれたのかなど、「リアルタイムの森の状況」をニュースレターにまとめ、発信されていました。こうした情報発信に共感した顧客が東京チェンソーズの取り組みを評価し、口コミで同業者などへおすすめしたり、プロパー価格ではなく独自の価格で購入してくださるなど、生産側にとって無理のない地域材の循環が出来ていると感じました。単に製品を販売するのではなく、森の状況をリアルタイムで伝え、顧客と森とのつながりを持続させていくための取り組みであり、この継続的なコミュニケーションこそが、木材一本一本の価値を高める上で不可欠な要素であると思いました。


4. トリカンとしての所感
橋渡し役としての役割
今回の視察からは「根羽の木材を使いたい」という需要側の窓口となり、供給側と下流側とのつながりを持続させることの重要性を感じました。東京チェンソーズの戸田さんが丁寧に情報発信を行われていたように、森のリアルタイムを継続的に伝えていくことが、消費者と森との関係性を身近にしていくうえで大切だと感じました。
特に、根羽村の木材の活用をさらに進めていくことを目指す場合、矢作川の下流域側に拠点を構えるトリカンがこの情報発信の役割を担うことの必要性は高いと感じます。東京チェンソーズが実践していたように、森の状況をリアルタイムで興味関心がある顧客へ向けて発信したり、定期的なイベント開催や日常的な物販などを通じて、想いに共感してくれる人へ向けて根羽の木材の価値伝えることが重要だと思いました。
5. 総括

今回の視察から、東京という大都市圏の近くでも複合的な価値創出を行う林業が成立するということを具体的に確認できました。特に、地域材を観光資源化し、教育やコミュニティの場として利用する多角的な戦略は、根羽村でも応用することができると思います。
今後のトリカンの役割として、「地域の材を量産していくのではなく、一本の木を枝葉から根っこまで使って価値を高めていくには」「下流側と上流側が継続的につながりを持ち続けるには」という問いに対し、具体的なアクションを実行していくことが大切だと感じました。